王子達の私兵による争いの後

王朝に使える諸官は科挙を通じて、文官は文科、武官は武科によって選抜され、武官は文官に比べて常に低くおかれていた。

また中人階級が付ける技術職は更に下に位置し、雑科によって選抜された。特に李氏朝鮮初期の王子達の私兵による争いの後は、武官・軍事に関しては厳しく管理されていた。

また、各官府には官職・官位の上限があり、決められた品以上に就くことは出来なかった。

王族は宗室と呼ばれ、自動的に京官職の宗親府に属する。

宗室も一般の官と同様に正一品が最上位になるが、王の子は位階制度の上にあって品を持たない。

宗室において最も上の官職は君と呼ばれ、正一品から従二品が与えられる。

外戚や功臣なども忠勲府に属し、最高位を正一品とした官職が自動的に与えられた。

忠勲府の最高位は府院君であり、次が君である。従って君と言う称号は王子・王族の事を差す訳ではない。

行政の最高機関は議政府であり、基本的に文官のみが付くことが出来た。

議政府の最高位は正一品の領議政であり、その下に同じく正一品の左議政と右議政が居た。他の正一品の官職には各院・各府の都提調・領事などがある。
update:2010年02月22日